明後日、安田記念でウオッカとディープスカイという2世代のダービー馬が走るわけだが、ダービー馬どうしがマイルのレースで戦うのはじつに28年ぶりらしい。1981年マイラーズCのオペックホース対カツラノハイセイコ以来というから、その年に生まれたわたしにとっては隔世の感どころの話ではない。しかも当時は短距離路線が未整備でマイラー・スプリンターは格下と見られていたうえ、オペックホースなぞはダービー馬としてはむにゃむにゃといった成績だし、天皇賞・春の勝者でもあるカツラノハイセイコがマイラーズCを本気で狙っていたとも思えないから、強いダービー馬どうしが最高の舞台で競う、という意味でははじめてといってもよいだろう。
実際このマイル対決がどれほど異例のことなのかちょっと気になって調べてみた。まずはごらんいただこう。以下の表は1989〜2008年の20年間における「ダービー馬またはダービー2、3着のG1馬がダービー後に出走したレースの距離」についてまとめてみたものである(ダービー後5走以上対象)。手集計なのでまちがってたらごめんなさい。

(※芝レースのみ、海外含む。また、取消についても出走の意図は確実なので計算に入れている。「ダービーとの差」は各馬の平均出走距離から2400mを引いたもの。ウオッカとディープスカイについては6月7日の安田記念も含む)
最高の栄誉に浴した後も長く競走生活を送れたダービー馬が20年間で11頭しかいないことにこのレースの厳しさが窺えもするが、本題ではない。いやしかしここまで極端とは思っていなかった。対決が珍しいどころか、そもそもウオッカ以前の平成期ダービー馬はダービー後にマイル戦を走ったことが一度もないのだ。「そりゃ似たような記憶さえねーわ」としかいいようのない結果である。時代の流れを実感するひとも多いことだろう。この「異例」の意義を、マスコミはもうちょっと追ってみてもいいはずだ。
さてせっかくだから表についてもう少し深く突っこんでみよう。ウオッカ以前のダービー馬でおもしろいのは計ったように最短距離が2000m、最長距離が3200mとなっていることで、これはつまり春秋の天皇賞である。ナリタブライアンの1200mは突発的な高松宮杯(当時)参戦によるものだから、それを除けばやはり秋天の2000mが最短。ダービー馬たるもの、天皇賞が両端で2400mを中心としたチャンピオンディスタンスのレースを使うことが当然という常識はこのようなところに現れているわけだ。
平均値・中央値を見てもおおむね2400m付近に集まっている。古馬中長距離芝G1・5レースの距離中央値は2400mだが、春の天皇賞やそのステップレースの阪神大賞典、あるいは3歳時代の菊花賞がややアンバランスに長距離よりなので単純平均をとると2400より長めに出やすい。「古馬中長距離路線の一流どころが走るレース」をまんべんなく使っていることが数字的にも見て取れる。2400を切ったウイニングチケットとアグネスフライトも大きく割りこんだわけではなく(ケガのため天皇賞(春)に出ていないだけと解釈するのがおおむね正しく、3000mを使っているように長距離をことさら嫌う馬だったわけではない)、2006年以前のダービー馬はみな、成績の善し悪しはともかく「王道」に近いローテーションを歩んで競走生活を過ごしていたとあらためてわかる。
ダービー馬のローテーションにはマイルどころか2000mに明らかな壁が存在し、表からもわかるとおり秋の天皇賞への有力なステップレースで伝統のG2として名高い毎日王冠(1800m)でさえ近年参戦はまったくなく、雑な検索ではあるがおそらく昨年ウオッカが出走したのが1988年のシリウスシンボリ以来20年ぶりのことであった(ただしこれについては、「ぶっつけで天皇賞」というローテーションが確立されたことと、最近のダービー馬がほとんど関西馬であるという事情も大きいと考えられる)。安田記念もおなじであって、そもそもダービー馬が走るレースではなかった。繰り返すが、28年ぶりの対決というまえにダービー馬が2000m未満、ましてマイル戦に出走することじたいが異例なのである。ウオッカがヴィクトリアマイルと安田記念で好走をつづけていることで目立たなくなっているが、それ以前にマイルG1に出たダービー馬となると1989年安田記念のサクラチヨノオー(1988年ダービー優勝)まで遡る必要があり、それも屈腱炎による長期休養からの復帰戦で、16着に沈んだものだった。マイルチャンピオンシップにいたってはダービー馬が出たことがない。菊花賞・天皇賞とジャパンカップに挟まれる日程では仕方ないことだろう。
ウオッカとディープスカイはほかのダービー馬に比べ平均500〜600mも短いレースを走っている。ウオッカに至っては2000m以上とそれ未満のレースの出走数が同じだ。いかに過去の常識から外れているかわかろうというものだが、しかしその萌芽はもう少し以前からある。ダービー後に故障が判明して引退してしまったために表には載らなかった2頭のダービー馬、NHKマイルCを経由して頂点へ上り詰めたタニノギムレット(2002年)とキングカメハメハ(2004年)がそれだ。ウオッカの父タニノギムレットはケガがなければ菊花賞へ向かっていたはずとはいえ、ダービーまではマイル戦を中心に使われており、高い適性を見せていた。アーリントンCを勝ってダービーを制したのはこの馬がはじめてで、NHKマイルCでの走りを見ても条件が整えば翌年の安田記念に出走した可能性はじゅうぶんあったと思われる。キングカメハメハの場合は神戸新聞杯後の秋天出走が明言されていたし、雰囲気としても3000mで、という馬ではなかった。この2頭がぶじに競走生活をまっとうしていれば、前掲表からはより顕著な傾向が見えたにちがいない。なんにせよ2000年代にそれまでいなかったタイプのダービー馬が多数生まれているという傾向は窺える。
とはいえそれでも、「ダービーで入着したG1馬」まで網を広げてなお、ウオッカやディープスカイと近い数値を残しているのがジェニュインだけというのは興味深い(ダンツフレームはちょっと特殊すぎる。菊花賞の次走がマイルCSで、マイラーズCの直後に天皇賞を走った挙げ句に地方転出した馬を参考にはできない)。巷間で短距離偏重の流れが叫ばれていたといっても、ダービーで実力どおりに好走する馬はやはり長い距離との親和性が高かったのである。スペシャルウィークがもっともイメージに近いが、少し前のダービー上位馬は2400mを中心として2000〜3000m前後をまんべんなくこなせるタイプが多い。それに対してウオッカをはじめとする新タイプのダービー馬は1600〜2000mで極限のパフォーマンスを発揮し、おなじような脚を2400でもまだ使えるという印象だ。表の数値を見るなら、2400mというダービー距離に対し「+800m」を主戦場とするのが正統派タイプで、「-800m」の世界に生きるのが新タイプといえるが、後者がダービーで突き抜けるようになったのが時代ということなのだろう。14年前、ジェニュインの前に立ちふさがったのはタヤスツヨシだった。休養後に調子を崩してしまったのはともかく、小島貞博に2度目のダービーを贈ったこの馬がいかにも正統派の雰囲気を漂わせていたことに異論はあるまい。実際、ジェニュインは皐月賞を勝ったにもかかわらずダービーで1番人気の座を譲り、そして人気どおり敗れたのである。だが昨年、一昨年のダービーで、このような雰囲気を持った馬はいただろうか。マイラーの柔軟性がかつてに比べ上がったのは事実だろうが、それ以上に重厚感とじゅうぶんな能力を併せ持つ馬が現れなくなった、とまではいかなくともダービーに間に合わなくなってしまったことが、「新しいダービー馬」の台頭の一因になっているのかもしれない。
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ところで、ダービーと安田記念――歴史上ほとんどかかわりのなかったこの2レースがいま密接に絡みあおうとしており、にもかかわらず自分がいささかの違和感も抱かずそれを受けいれてしまうという事実に、わたしはすこし愕然としていたりする。今後もいまのような流れが続き、ダービーウィナーの潮流がウオッカのような馬になったとして――つまりダービーより長い距離のレースには出ないダービー馬が増えるとして――、となると長距離レースの価値はいったいどこにあるのだろう。わたしは古い競馬を愛する人間だから、ずっと菊花賞も春の天皇賞もいまのままでよいと思っていた。だが事実として、両レースとも2年連続で元気なダービー馬に袖にされたのである。3000m級レースのレベル低下は著しく、去年の菊花賞など、冷たい雨の降る岡山の山奥で――WTCCの日本開催があったのだ――友人と出馬表を見ながら「青葉賞・秋」と揶揄を口にしてしまったほどに低調なメンバーだった。いや、出走馬のその後を見ればそれすら過大評価なくらいだ。天皇賞にしても、ディープインパクトやメイショウサムソン、テイエムオペラオーといった一流馬が力を見せてくれた一方で、ここ6年で2ケタ人気の馬が3勝というのは尋常ではないし、距離を頼りにしたこのレースでの一発が唯一のG1タイトルという馬も多い。ウオッカとダイワスカーレットの激闘を思い起こすまでもなく、秋の充実ぶりとの落差はあきらかだ。先の天皇賞のレースレーティングは速報値で115.25、G1を維持できるギリギリである。レーティングもたんなる指標にすぎないといえばそうだが、しかし昨秋の天皇賞のファイナルレースレーティング119.75とは比較にならない。
菊花賞にしろ天皇賞にしろ、伝統という便利なことばで現状維持を正当化されやすい。しかし最高のレースを勝った馬が一顧だにしない「伝統」に、なんの価値があるというのか。ダービー馬にかぎらず、シンボリクリスエスやゼンノロブロイなど2400m近辺を得意とした年度代表馬さえ忌避してしまうのが長距離レースの現状であるということは、やはり正面から受け止めるべきだろう。2400mに条件変更しろなどと性急に述べるつもりはない。それでも、菊花賞とは、天皇賞とはなんなのか、距離を維持することこそ伝統と信じるのか、出走メンバーの質を高める努力がそれを担保するものなのか、さまざまな価値観があるなかでしかしいまいちど問いなおすべき時期であるにはちがいない。天皇賞よりもよほど興奮しながら安田記念を待っているわたしは、そう思わずにいられないのである。
(なお後半部分については「春の天皇賞距離短縮論者って - 公営競技はどこへ行く」での議論もすこし参考にさせていただいた)
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やはり今の時代に長距離レースに価値を見出だすのは難しいんでしょうかね?
そして私は、昨年のステイヤーズS、勝ったのが誰か思い出せない(笑)
いや知りたいわけじゃないということはわかっているんだがつい。
宝塚記念も開催時期がいまいち評判よくないだけに、今後も一定の割合でとんでもない馬が勝ちそうですけどね。リンク先の議論も興味深いところですけど、〈長距離レース〉そのものの価値がどうこうというより、チャンピオンクラスとの関係の問題だろうと思ってます。
レースの価値が施行距離で決まるわけでなし、強豪が集まってくれるなら何mでもよいわけですよ、やっぱり。いまの長距離戦にメンバーがそろわない、というのはその点で悲しいですねえ。