2007年12月04日

レースゲームがつながる現実

以前のエントリでゲームのジャンルについて少し触れた(なおこのとき買ったゲームは鋭意進行中。終わったら何か書きます)。これについてはもうひとつ興味を持っている点がある。「レース」がひとつの分野として確立されていることだ。

最近でこそ種類が増えてきたものの、古くは『ラリーX』からいまの『グランツーリスモ』(以下『GT』)まで、基本的に「レース」ゲームとはほぼイコール自動車レースゲームを指す。そしてわれわれはそういうものが現実の世界でどう呼ばれているか知っている――いうまでもなく「モータースポーツ」だ。そう、レースはスポーツの一分野なのである(*1)。にもかかわらず「レース」ゲームは「スポーツ」ゲームから飛び出してひとつのジャンルとなった(ちょうどギャルゲーと逆だ)。

その理由を考えてみれば、もちろん即座にいくつか挙げることができよう。レースゲームはアーケードからの移植が多いから他のスポーツゲームとは由来が異なるとか、数が多いから独立させたほうが検索性が高いとか、いやそもそも『アウトラン』を「モータースポーツ」と称するのは苦しいよね、冷静に考えれば姉ちゃん喜ばせるために公道暴走するDQNだし、とか(いやもちろんそれだけじゃないけれども)。そういった理由で説得力はじゅうぶんあり、以上終了でもいいものの、それでは話にならないのでレースゲームが備える最大の特徴に着目してみたい。それは現実との近似性だ。

スポーツは身体そのものの動きがダイレクトに競技とつながっている。野球で投手がストライクを取るには所定の枠に収まるようにボールを投げなければならないし、打者がそれを打ち返すには適切なタイミングで適切な位置に強く振ったバットを差し出す必要がある。そういう動作を成功させるためには合理的に身体の各部を連動させなければならない。スポーツのプレイは身体すべてを機能的に動かさなければうまくいかず、だからそれを手元のコントローラーだけで操作するゲームに落としこむとかならず断絶が生じてしまう。いかに『プロ野球スピリッツ』がリアルな野球ゲームを標榜しようとも、×ボタンを押してバットを振るという操作に野球と通じる部分はまったくないのだ。『ウイニングイレブン』でも『パワースマッシュ』でもおなじことで、競技と操作の関連にはやはり必然性がない。

レースゲームがスポーツゲームと一線を画すのはそこだ。コントロールするためのデバイスの形態が違うからあまり意識はされないが、クルマの運転とレースゲームの操作は自分からの入力が機械を通して出力されるという点で本質的にまったくおなじである。そしてクルマの運転は運転席に座っておこなうものだからそれほど多くのことはできず、ゆえにゲームのコントローラーひとつで不足なく表現できる(*2)。『GT』を例に取るなら、右足でスロットルペダルを踏む代わりに×ボタンを押す。ブレーキペダルの代わりに□ボタン。ハンドルはもちろん十字キーやアナログスティックで代用でき、(右ハンドル車なら)左手で行うシフトチェンジはL・Rボタンに割り当てられる。つまり適切な配線さえされていれば――微妙な操作ができるかどうかはべつにして――本物のクルマの運転席に座り、おもむろにプレイステーションのコントローラーを握って走らせることも可能なのである。どの入力にどの出力を割り当てるか、違いがそこにしかないからだ(スタートボタンがエンジンスターターになるだろう、きっと)。

とうぜんのこと、いまのレースゲームを完全にクルマの運転に置換するのは不可能だ。『GT』の挙動シミュレーションにある種のごまかしが含まれていることは開発者本人が認めている。それをもってより細かい演算を行っている『Forza Motorsports』(以下『FM』)の方が優れているという意見があり、たしかに一面の真実ではあると思うものの、それだって『GT』に比べればということであってマクロな現実世界がそうであるようにすべてを連続的に捉えているわけではない。しかしレースゲームの先端を行くこの2シリーズのシミュレートに不備があったとしてもそれは些細なことだ。計算の速さ、確かさはけっきょくコンピュータの力と精緻なプログラムに由来するわけで、つまりハードの性能が上がればある程度は解決する問題なのである。これくらいでは、入力を現実と同様に処理して出力して見せるという本質的な特徴はまったく揺るがない。だからたとえまだまだ改良の余地があるとしても『GT』や『FM』には(開発スタッフがそれを目指すかぎりにおいて)「ドライビングシミュレータ」を名乗る資格がある。『プロ野球スピリッツ』や『ウイニングイレブン』がどれほど完璧に画面上で競技を再現しても「野球シミュレータ」「フットボールシミュレータ」になりえないのとは対照的に、だ(*3)。

スポーツゲームと現実のあいだの断絶は質的な地平そのものの違いだが、レースゲームが現実に向けて飛び越えなくてはならないのは量的な溝だけである。『プロスピ』の上達はけっしてプロ野球選手への道を開きはしない。しかし『GT』や『FM』はフォーミュラカーのパイロットを生む可能性がある。そしてそれは『リッジレーサー』などリアルさを志向しないエンターテインメント重視のレースゲームでも本質的には変わらない(問題はあくまで量に還元される)。ゆえに「レース」ゲームは「スポーツ」ゲームから独立している、むしろ積極的にそうであるべきだとさえ言えるのである。


(*1)「クルマの運転してるだけでスポーツかよ」という人は『Capeta』を読むように。
(*2)ゲームもまた座って遊ぶものであるという共通性を見出せよう。
(*3)Wiiの究極進化の先にスポーツシミュレータが生まれうるか、という論点もあろうが、そこには疑問がある。まとまったら書いてみたいテーマではありますが、まとまらない可能性が高そうです。



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posted by DNF at 08:43| Comment(2) | TrackBack(1) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ざっと拝見しました。いやあ、誤字脱字のないブログって気持ちいいね。
Posted by 只野仁 at 2007年12月07日 15:24
どうも特命係長。

ほら、やっぱり偉そうに言うなら矜持とかないわけではないですから>誤字脱字。これだけ書いてあれば いくつも見あたりそうですけどね。探す気は起きませんw。
Posted by DNF at 2007年12月07日 21:04
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